1万トンの待雪草を、彼女に

メンタルヘルス系のコアな情報と、繊細すぎるわたしの日記と。臨床心理士(カウンセラー)の傲慢さと異常性を広く知ってほしい。これは社会問題だという認識です。苦しめられている方、あなたは悪くない。もっと怒っていい。(初めての方は、ブログ下部のおすすめ10記事からどうぞ) 「――みんなのメンタルヘルスが平和でありますように」

効果がない意味も無い悪化しただけのカウンセリングを振り返って気づいた13のこと

利用者のわたしが、実際に受けた効果がなく悪化しただけのカウンセリングを振り返って気づいたことを書いていきます。なぜ続けてしまうのか、続けてしまうとどうなるのかを詳しく書いているので、やめるための参考になるかもしれません。

 

うつの人は自分を責めている。責めすぎている。もっと怒っていい。

あるいはPTSDにもよくあることみたいですが、加害者に対して否定的なジャッジメントを行うだけでなく、自分自身に対しても否定的なジャッジメントを行ってしまっています。自分を許せていない。

ああすればよかった、こうすればよかった、そうできなかった自分を責めてしまっている面がある。人間ってもっと不合理で調子に波のある生き物のはずなのに。

 

関連

【書評】水島広子「トラウマの現実に向き合う―ジャッジメントを手放すということ」が治療者から受けたトラウマを抱える人にとっての超良書だった。

 

まあ、自分の話でもあるんですけどね。なので、それを解きほぐすべく、大きく悪化したカウンセリングを振り返って気づいた内容を書いていきます。

 

なぜわたしは臨床心理士の意味の無いカウンセリングを素早く中断できずに、約半年間も続けてしまったのか、その13要因

改めて振り返ると、13の要因に分解できました。

 

当時すでに、医師にうつ病と診断されていました。そのためもともとの性格とは別に、一時的な変化が起きていました(もともとの自分と一時的な変化を分けるべきだということは、上記で示した関連記事の本に示されていたので改めて強調しておきます)。

  1. 自分に自信がなかったから。他人より自分が間違っているんじゃないかとまず考えてしまう。
  2. 何をやってもなかなか効き目を感じられなかったので、効き目がない悪影響のあることでも続けてしまった。
  3. すでに傷ついていたので、何に癒され、何に傷ついているのかは時間が経たないとはっきりとしてこなかった。
  4. もともと、真面目すぎる性格。有益なことなら、苦難に耐えてでもやり抜くべきだと思っていた。
  5. そもそも、カウンセリングという行為自体が、すぐに効果が出ないと思い過ぎていたから。
  6. これらの自己否定の傾向が、カウンセリングの中でさらに悪化していったから。
  7. うつで精神的なエネルギーが低下し、頭の回転がにぶっていた。人は何かをやめるのにもエネルギーを使う。そのエネルギーがなかった。判断する気力がなかった。
  8. 相手を論破したい、証明したいという気持ちが強かった。煽り耐性がなくなっていた。これも自信がないから、確かなものが欲しかった。(論破して、相手の見立てが間違っていたことを示してから避難した。そのときの相手の動揺っぷりはかなり笑えたけど、本当はもっと早い段階で離れるべきだった。首にすべきだった。関連【体験記・長文】傲慢で性格の悪い臨床心理士(カウンセラー)は、使えない
  9. そのとき、周りに頼れる人がいなかった。
  10. これは精神的な自傷でもあったと思う。
  11. 試行錯誤の途中。色々試していた。どれが効果があって、どれに効果がないのかをじっくりと見極めたかった。「効いた!」という状態をよく知らなかったので、「失敗」を見極めるのに時間がかかった。
  12. 臨床心理士の異常性や歪みは複雑な形をしている。嫌悪感はものすごいが、その原因はある程度時間が経ってからでないとわかりにくかった。
  13. 心の傷は、時間が経ってから痛むことがある。混沌としていて、何に傷ついていたのか、時間が経たないとはっきりしてこないことがある。

以下、さらに分析していきます。

続きを読む

なぜまずいラーメン屋は潰れるのに、悪いカウンセラーは路頭に迷わないのか。だとすれば、どうすればいいのか。

まず前提として、このブログでは毎度のように繰り返していますが、日本の精神医療は崩壊しており、とくに臨床心理士(カウンセラー)についての批判をここでは扱っています。(過去記事整理しました。ブログ下部の初めての方への10記事からどうぞ!近々、過去記事を整理するのでそちらもご覧ください。

じゃあどうすればわたしたちは救われるのか、わたしはこのブログで何を目指しているのか」という青写真について今回の記事では語っていきたいと思っています。

 

こんにちは少し間が空きましたがスノードロップです。

月にできれば2回くらいは更新していきたいと思っているのですが、わたし自身も当事者で、現状、体力にも気力にも余裕がないのでどこまでやれるかはわかりません…。しかしそれでも無為に終わらないための方法を今回の記事で考えています。

 

(あと、ツイッター等でこのブログを拡散してくださった方々、ありがとうございます。ちゃんと気づいてます。毎回のように発狂しているこんなブログを拡散するのは勇気が要ることだったと思います。感謝しています。

ブログをもっと見やすく整理しておけばよかった…。しかし、こういうブログを書いていると、いかに臨床心理士に対して強い憤りを感じている方が多いかということをひしひしと肌で感じます)

 

まずいラーメン屋は潰れるのに、悪いカウンセラーが路頭に迷わないのはなぜか

この問いは、なかなか難しく、色んな観点からの回答が考えられると思います。わたしは飲食店経営等には詳しくありませんし、これが良い例え話かはわかりませんが、少し頭を働かせてみます。

 

それぞれの得意分野や適性によって思いつくことは変わってくると思いますが、わたしの場合は二つの要因が大きいと考えます。

  1. 自分にとっての「まずいラーメン」は明らかだけど、カウンセリングが効果を上げているのかどうかはわかりにくい。そしてそのことをカウンセラーが悪用して自らの失敗から目を逸らして、「効果が出ないのはサービスを受ける側に責任がある」あるいは「効果が出ていないのに効果が出ている」という風に思い込ませようとしているから。
  2. まずいラーメン屋は、多くの場合食べログ等の口コミサイトで可視化されていくが、悪いカウンセラー(カウンセリングルームや病院)の情報が十分に出回っていないから。
続きを読む

森林浴がうつ病などの病気に効くと聞いて行って来た話。匂いでリラックスした。予想以上のパワー。

こんにちは、スノードロップです。

8月の終わりに森林浴をしてきました。その時感じたことについて書きます。

森林浴は、うつ病メンタルヘルスの安定に効果があるらしいです。他にも癌にも効くらしいです。でも、ある程度元気が出てからじゃないととてもじゃないけど行って帰ってこれないと思うので、無理はなさらずに。わたしも無理して悪化したことがあります。

 

seseragi-mentalclinic.com

森に入って樹木に囲まれると、普段使わないくらいに五感がフルに働いているのが感じられました。その中でも特に、空気がおいしい・匂いが好きと思っていました。

あとで調べてみると、これは「フィトンチッド」と呼ばれる物質が関わっていて、リラックス効果があるみたいです。

 

 

のどかで乗客の少ない電車に乗って行きました。こののどかさとか、時間がゆっくり流れている感じがすでに好きだと思っていました。

本題からはちょっと外れるけど、忘れ去られたような、何に使うのかもよくわからない道具が置いてある小屋とか、黄緑色に瑞々しく光っている田んぼとか、まばらでちょっと古めかしい民家とか。

帰りに温泉に入ったけどこれも良かったね。温泉もリラックスやうつに良いと昔読んだ本に書いてありました。たくさん歩いた疲れも取れるし。

 

本題に戻ると、わたしの感じたところでは、森林浴をするとすごく癒されて、優しい気持ちになってきました。自然からパワーをもらえるというか、元気が出てくるというか。

他人を利用したり騙そうとしている人はいないし、そもそも人間の数が少ないし、圧倒的な自然な生命力や多様性を全身で感じていると、喧騒が忘れられそうな、薄まってくるような感覚になってきます。自分の記憶や内面の中の、不自然なものや醜いものの割合が下がり、自然なものや美しいものの割合が上がっていくのを感じました。

 

続きを読む

【体験談・長文】臨床心理士の本質はカルト宗教の信者みたいなもの。そしてクライアントを悪しき自己否定へと誘導し悪化させている。

(8/28 全体的に推敲・加筆修正しました)

 

こんにちは、スノードロップです。

今回は刺激的なタイトルになりましたが、まあ少し読んでいってくださいよ。今の自分に可能な限りの説明はしているつもりなので。実情がひどいのでそれを写し取るとひどい表現にならざるを得なかった。

 

さて、臨床心理士の十重二十重にこじれた醜悪さ・暴力性をひとことで表すのに良い表現(「カルト宗教の信者みたいなもの」)をまた一つ思いついたので共有しておきます。このブログは7月の初めに開設したばかりですが、徐々に人が集まってきていて、支持されてきているようでうれしい限りです。


臨床心理士は偏った考えを強引に布教しようとしている。自分と同じ考えの人間を増やそうとしている

臨床心理士は、頻繁に「どう考えても現実・実際の状況とは違うこと」「どう考えても現実で通用しない空想的な綺麗事・絵空事」のようなことを語ります。背後に頑なで醜悪な暴力性を潜ませて。

例えば、「どんな状況でも・誰とでも仲良く親切にする義務がある。少しでもそうしない人間は適応的でなく病的だ」(大人同士の関係でこんなこと誰もやってないし、出来ないことくらいわかりそうだけど。相性とか好き嫌いがあって当たり前。時期によって対応が変わって当たり前。これを強引にやるとかなり表面的な関係となり、口先と腹の中が乖離していく。誰かみたいにね)とか「自分を捨てて他人に奉仕するのが当然。周囲と同じように考えて、同じように発言し、同じように振る舞うのが当然。そうしない人間は犯罪者予備軍であり未熟だ。個性とは捨て去るべき反社会的要素だ」(もはや、人間って何のために生きてるの?って聞いてみたくなる)とか。

直接的に語るだけでなく、あるいは間接的に押し付けて洗脳しようとしてきます。罪悪感を植え付けようとしてきます。かなり過激で暴力的です。一見、それっぽいんだけどかなり極端なんだよね。一般社会で語られる隣人愛的なもの・博愛精神とは一線を画している。

 

別にどんな信念や思想をもって生きようがそれは個人の勝手ですが、お金を受け取って仕事をしている時間に、クライアントの同意を得ずに布教活動まがいの行為をするのははっきり間違っていると思います。

そして、もう一つの問題点は、自分と違う考えに対する苛烈なまでの否定。それも少しのずれも許しません。多様性を否定している。彼女たちは自分たちの思想信条を強引に押し付けようとしてきます。あの手この手で。そしてそれに対して同意しない者を、未熟であり病的であると判断します。そして「修正」しようとします。かなり見下してマウンティングしてきます。自分の考えを疑うことはしません。決して譲歩しません。いや明らかにおかしいだろ。

 

明らかに間違っている考えや歪んだ解釈に自分でも自信が持てないので、仲間(自分と同じ人間、自分を支持する人間)を増やそうとしているのです。

それも自分より無能な人間として扱いたがります。そうなっていくように仕向けています。あなたの本当の能力は、ちゃんとあります。きっと内向型の力なので見えにくいだけです。カウンセラーが長所を短所として捻じ曲げて印象付けようとしているだけなのです。

また、誰でもできそうなことを、子どもに言うような気持ち悪いような褒め方あるいはイルカやサルでも調教しているかのような飴と鞭)で持ち上げてくることがよくありますが、それも個人攻撃の一種です。要は煽り・挑発です。そんな安っぽい表面的なご機嫌取りが本気で通用すると思っているところが、誰でもわかるレベルに見え透いた自分の真の意図が見抜かれていないと思っているところが、臨床心理士の社会性の低さとコミュニケーション能力の欠如を如実にもの語っています。

君は自分たち以外の人間には嘘を見抜く能力がないとでも思ってるの?

 

布教みたいなものだということの証拠に、考えに疑問を呈すると彼女たちは烈火のごとく怒りだします(彼女達の考えは本人にとって「当然の前提」であり、疑うこと自体があってはならないドグマのようなもの。自分の考えや社会観・人間観・人生観をそんな風に扱っているようです。当然、仲間内以外では通用しません。意見が千差万別に分かれて当たり前な領域だ)。

そんな、実際はひどく不確実なのに臨床心理士だけが絶対視している意見に同意しないと途端に頭に血が上ります(「修正」と称して、頻繁に同意を求めてきますね。これには裏の意味がある)。ヒステリックに騒ぎ立て、クライアントを未熟な愚か者とみなし、なんとかして強引に病気扱いしようとしています。見当はずれの歪んだ誹謗中傷としての解釈を繰り返し始めます。見下せる存在として自分の中で位置づけるために、自分自身が安心を得るために必死になります。カウンセリングって何のためにやってるの? 何しに来てるの?

 

その考え(信仰)は外部(一般社会)では全く通用しない 内部(仲間内)だけで同意されているにすぎないもの


要は、自分たち以外の全ての個性を否定している極端な立場、差別主義者なのです。

続きを読む

臨床心理士がうまくいっていると思っているとき、クライアントは「作り話」をしている(させられている)

こんにちは、スノードロップです。

次の記事と同じ日に書いているので、ご挨拶は省略しますね。短めの記事ですし。すぐさま本題へ。

 

臨床心理士がカウンセリングがうまくいっていると思っているとき、クライアントは「作り話」をしている(させられている)。

 

これは意識的なレベルでも無意識的なレベルでもどちらもあると思います。


まず、彼女たちはクライアントの話をまともに聞く気がありません。必死に粗探しをして何もかもを病気として扱おうとしてきます。

その人が成功している部分や得意な部分は直視しようとしません。むしろその部分をこそ低く位置付けようとしてくることさえあります(逆に誰にでもできそうな部分は褒めてきます)。これは彼女たちのコンプレックスの表れです。クライアントの状態とは関係がなく、カウンセラー側の問題です。


その否定や粗探し・押しつけに対し、クライアント側はもうまともに語る気がなくなっていきます。本音を語ることに抵抗を覚え始めます。クライアントは余裕がない状態故にカウンセリングルームを訪れているわけで、これは当然です。あなたやわたしに落ち度はありません。

そうさせているカウンセラー側に明らかに問題があります。お金を受け取って仕事としてその空間と時間を管理する責任を負っているわけなので。もしそれが不可能なら、可能な人間を紹介しなければなりません。決して、自分のプライドや自己愛のためにクライアントを利用してはなりません。当たり前ですが。


そして当たり障りのない、心にもない話(つまり症状や悩みとは関係のない「作り話」)しかできなくなったクライアントを、カウンセラーは「適応的」「問題が解決している」と判断し、自分のカウンセリングが成功していると思い込もうとします。

頑なに自分の態度を反省しようとしないカウンセラーに対し、クライアント側が柔軟に態度を変化させ、話を合わせてあげている形になっているわけですね。いわゆる「介護」をしているという状況です。


もちろん、現実には何の効果もなく何の問題も解決していないわけで。ただ単に本当の問題について話すことが封じ込められただけにすぎません。時間と目減りしたエネルギーとお金を無駄にさせられただけ、という状況です。

自分の失敗と向き合えず結果をでっち上げて、反省することもできずに人のせいにして、それを自らの仕事と呼んでいる。とんでもない話だね。